2020年4月1日 | 健康のこと -Health-
近年、働く女性たちをより積極的にサポートし、管理職へ登用しようという動きが企業内で活発になっています。背景にはいくつもの理由が考えられますが、2019年6月に公布された「女性活躍推進法」は、その流れを大きく後押ししたひとつでしょう。同法では、女性活躍に関する情報の公表が義務付けられる企業の範囲や、公表すべき情報の内容などが示されており、この対応に尽力する企業が増えています。
他方、海外では、企業に占める女性管理職の割合を企業評価の基準にする機関投資家が増えるなど、職場のダイバーシティを実現するよう強く働きかける動きが活発です。これら国内外の流れを見ると、今後も多くの職場でますます女性がエンパワーされると想像できます。
しかし、これまで男性が中心になって作られてきた職場の慣例や慣習は必ずしも女性たちの働きやすさを後押しするものではありません。世界経済フォーラム(WEF)が2019年12月に発表した「ジェンダー・ギャップ指数」によると、調査対象153カ国のうち、日本は121位と前年の110位から順位を落とし、先進国では最低水準、世界各国の男女平等の度合いと比べても低い位置となったことが大いに問題視されているところです。
確かに、家事や育児、介護といった家庭での役割もまだまだ固定化しており、「女性にはいくつもの負担がのしかかっている状態だ」と言えるでしょう。女性たちは、社会のなかで“うまくはまらない。どうしてこんなに重苦しいのだろう”という違和感をこれまで以上に抱え込んだり、さまざまな問題に直面し、からだやこころに不調を感じやすい環境にあると言えます。
ここでは、女性活躍推進の裏側で疲れる女性たちが直面しているからだの健康課題とその解決の糸口について、女性の健康を守る総合医を目指す山本佳奈先生の話を交えて見ていきましょう。
―近年、女性活躍推進のもと、女性たちがこれまで以上に負担を感じる状況になっている、との声が多く挙がっています。そうしたことを日々の診察を通して感じることはありますか?また、先生が問題視している女性特有の病気はありますか?
女性に限って言えば、まず鉄分が不足して貧血状態になっているひとのことが挙げられます。経年で比較できるデータを取得しづらいので「増えている」とまでは言えないですが、減ってはいないでしょう。原因としては、特にダイエット志向の影響は大きいです。
―いわゆる「ルッキズム」の問題や「やせ願望」がからだの健康に影響している、というわけですね。
ダイエットをするひとの多くが、糖質を嫌って炭水化物を抜いたり、脂肪やカロリーを気にしてお肉やお魚を食べない、食べても脂肪分が少ない鶏ムネやささみだけ、といった極端なことをしがちです。
しかし、特に鉄分はタンパク質、なかでも赤身のお肉に多く含まれているのはご存知の通りです。偏った食事制限によるダイエットを行なうと、結果的に鉄不足で貧血に陥りやすい、というわけです。また、栄養不足になると、筋肉が脂肪に変わるため、外見は痩せていても体脂肪率がすごく高い、ということもあります。どちらもからだに良くないことは明らかです。
―働く女性特有の問題で、企業によるサポートが必要とされることのひとつに「月経痛(生理痛)」が挙げられます。経済産業省ヘルスケア産業課「健康経営における女性の健康の取り組みについて」という資料によると、「月経随伴症状などによる労働損失は4,911億円と試算されている」とのこと。女性の健康を重視することは、「女性活躍推進」をはじめとするこれからの経済の発展を考える上でも、重要だと言えます。
(出典:経済産業省ヘルスケア産業課「健康経営における女性の健康の取り組みについて」)
そうですね。生理痛やPMS(月経前症候群)などはこれまで、「我慢するべきだ」とか「言うべきではない」とタブー視されてきましたが、社会的な認知度が高まって、声を上げやすくなったり、相談しやすくなって顕在化したのではないかと思います。
また、月経痛をはじめとする子宮に関するトラブルについては、妊娠・出産の変化も影響していると考えられます。具体的には、月経回数の増加が挙げられるでしょう。
妊娠から出産後にかけて月経は止まるので、今より「子どもを産むことが“当たり前”」とされてきた時代は、より多くのひとが正常な生理周期だったとしても成人後に一定の期間(生理不順や無月経のためではなく)月経がない期間を経験していたと考えられます。
しかし、いまは、出産を経験しないひともいますし、出産しても1~2人のひとが多いですよね。そうすると、15歳ぐらいに初潮をむかえてから50歳ぐらいに閉経するまでの間、過去と比べて月経や排卵の回数が増えることになり、子宮にまつわる不調にあうケースも増えやすくなると想像できます。
―月経痛については、生理休暇など、企業側も制度として対応をしています。しかし、「恥ずかしい」「他人に知られたくない」と、活用されていないというのが実情のようです。
確かに、生理休暇制度を設けている企業は多くあります。しかし、活用が進まなかったり、広がらない理由のひとつは、月経の期間や痛みの度合いはひとによって異なるため、厳密に公平さを担保するのが困難だからではないかと思います。他人からは痛みや辛さが分かりにくいため、休暇制度を利用したくても「“ずる休み”と思われてしまわないか」など、不安を覚えてしまうのではないかと心配されます。
―これは制度だけでなくひとの考えや感情の問題であるとも言えるので、解決しづらいものですね。
企業もさまざまな工夫をされていると思うのですが、難しい問題ですね。一方、先日、月経痛を和らげるための低用量ピルの費用とそれを処方してもらうためのオンライン診察費を福利厚生の一環として負担する、という制度を始めた企業があるというニュースがありました。
もちろん、深刻な月経痛の場合は子宮内膜炎のおそれが否定できないので、きちんと受診したり通院するなどして対処する必要があります。
しかし、まだ生理休暇を取るほどではないひとや色々な事情で生理休暇を利用できないひとの場合、そのためだけに全日の有給をとってわざわざ病院に行くことも、それをせずに月経痛によって仕事の効率が下がることも本意ではないでしょう。低用量ピルの処方とそれにかかる費用を福利厚生の一環とするというのは、そのモヤモヤをうまくすくい上げている制度だと思います。
この制度によって改善されることがあるとしたら、企業にとっては、費用を負担しても十分プラスの効果が得られるでしょうし、必要なひとや希望するひとだけ選択できる点もとてもいい取り組みだと思いました。そうしたサポートをしてくれる企業に対する社内外のイメージも高まるのではないでしょうか。
―低用量ピルについて、少し踏み込みたいと思います。これは月経痛だけでなく、子宮内膜症や子宮筋腫など、女性特有の病気への対策にもなると聞きました。しかし、まだ一般的ではないのも事実だと感じます。
先ほど月経痛について、「社会的な認知度が高まって、声を上げやすくなった」という話をしましたが、一方で、年齢や性別を問わず「生理は痛くて当然」と思っているひとが多いのは事実です。ただ、この考え方は、「女だから痛いのは我慢しなさい」と言われているようなもので、理不尽ですよね。
それに対して低用量ピルは、月経過多や生理痛の改善、PMS(月経前症候群)に対処する選択肢となり得ます。それだけでなく、子宮内膜炎や子宮筋腫など女性特有の病気のリスクへの対処という意味でも有用と考えられます。これはひいては女性のからだの健康を守ることにも繋がると言えます。
ピルについて、まず知ってほしいのは、昔の「中用量ピル」に比べて随分と変わっていることです。例えば、成分がかなり減っているので、以前言われていた「飲み続けると40代ぐらいから血栓ができやすくなる」といった副作用のリスクもかなり低くなっています。
これまでピルと言えば「避妊のため」というイメージがあったかもしれませんし、今でもそうした偏見が少なからず残っているようです。私自身もずっと飲み続けているのですが、低用量ピルによって解決できる問題や効果をきちんと知らないひとや根強い偏見を持つひとからの「そんなのを飲むのはやめておけ」と言われることもありました。もし、私が専門家でなかったなら、そうした声を聞いて服用を諦めていたかもしれません。また、同じような経験をして服用を諦めたひとも少なからずいるでしょう。
しかし、本当に女性のキャリア形成を考えるなら、あらためて低用量ピルが現代の女性にもたらす有用性を捉え直してもいいはずです。
特に、女性は月経がある年代で直面する困難だけでなく、閉経後にはホットフラッシュや不眠、イライラや疲れやすさといった更年期障害が現れ、婦人科でホルモン療法を受ける必要も出てくる場合もあります。50歳や60歳までの長期的かつ継続的なキャリアを形成していくなら、女性特有のからだの健康について女性が主体的に考えないわけにはいきません。
―「生理痛は病気じゃない」という話もしかり、低用量ピルの話もしかり、女性の健康に関する情報は昔に比べて随分と変化していますね。だからこそ、個人としては、自分の健康状態を認識したり、改善したりする「自分のからだの自己決定」を意識することが重要なのかもしれませんね。
そうですね。からだの仕組みについて、昔、学校で学んだ記憶が断片的にはあるかもしれませんが、それが自分自身の健康を守る知恵として生かしきれていないことが多いと思います。
けがをしたり病気になったりすれば、自分のからだに意識を向けて、からだのことを知ろうとするでしょう。しかし、そうでないかぎり、自分のからだを自分で守ろうという意識や、自分のからだを自分でコントロールしようという意識は働きにくいものです。
だから、美容や見た目の健康にはお金をかけても、内側からの健康や病気の予防のためにお金をかける意識は低くなりがちになるのかもしれません。肌のためにサプリメントなどを買って飲んでいても、全体の食事バランスが悪ければ肌の調子はよくなりにくいでしょう。結果的に、そのほうが高いお金を費やすことにもなるのですが、なかなか発想の転換は起きないですね。
―自分で自分のからだを守るために、まずできることは何でしょうか?
とにかく、食事と睡眠と運動のバランスです。まずは食事。コンビニ食ばかり食べていると、栄養バランスが偏って肌が荒れるのは体験として感じているはずです。また、コンビニに頼るということは、遅くまで働いていると想像できるので、きっと睡眠不足にもなってしまっていると考えられます。この負の循環に入らないようにしたいものです。
また、ホルモンバランスを整えるには、適度な運動が大切です。「忙しくて運動の時間が取れない」と言うひとがいますが、発想を逆にして、運動時間を確保するために時間のメリハリをつける、という習慣作りにチャレンジしてみるのはいかがでしょうか。ダラダラと仕事をするより効率的になると思います。日中にからだを動かすと寝つきが良くなるので、よい睡眠をとることもできます。
運動といっても、マラソンやテニスなど激しく動くものである必要はありません。意識的に長く歩いたり、5分でも、極端に言うと1分でもいいから、スクワットするだけでも構いません。まずは継続して習慣化することが大切です。これぐらいであれば、ものすごく忙しいひとでも、時間をつくれると思います。
食事、運動、睡眠、この3つのバランスをうまく循環させて、自分で自分の健康を守ることが、これからの時代、どんなひとにとっても求められるのではないでしょうか。
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山本佳奈(やまもと・かな)
2015年滋賀医科大学医学部医学科卒業。ナビタスクリニック(立川・新宿)内科医、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)がある。このほか、ニュースサイトなどで女性の健康に関するコラムを不定期連載している。
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